Travelの最近のブログ記事

出先から

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未整理ではあるが、ちょっと目に付いたので・・・
自画自賛な1ショット。


DSC_4731-Edit.jpg
D3x + 24-70/2.8G ISO 200 52mm F/8 1/500 
コンコルド広場上空からセーヌ川越しにエッフェル塔を眺望

すでに帰国から半月が経過したが、思い出す度に素晴らしかったなぁと
思うわけだ。

東京の街、その姿がたまらなく退屈に思える。
それにはいくつか原因がある。

古い建物が極端に少ないこと。
庶民の古い家屋の老朽化が極めて激しいこと。
街並みが人に優しくないこと。

などだ。
では、なぜそうなってしまったのか。

多分地震大国で、かつ木の建築文化だったためだろう。
もう一つの大きな要素が日本人が新しもの好きで、良い意味でも悪い意味でも「軽薄」な文化的下地を持っているからではないか。

そして最後の要素が、アメリカによる占領統治だ。

この辺りが同じ敗戦国であるドイツとの分岐点になったのだろう。

古い物を大事にしない文化、お年寄りに敬意を払わない文化。
使い捨ての文化。すぐ新しい物に乗り換える文化。

これらすべての根っこは同じところから伸びているように感じる。

ほんとにまずいぞ。

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700_3861.jpg
元日アップのモノクロバージョン

っていうのは、スランプですっからかんの為だ。
なんだろう。遙か上空を気持ちよさそうな風が吹いている、って感じ。
指をくわえて焦燥感。
爆発寸前になっていろいろ書いては消し、また書いてのくりかえし。


DSC_3629.jpg
ハイデルベルク城

それでもやっと、種を育てて、ネタにできた。
3連休茶々の散歩以外出歩くことなしで、ゴメン。
と、散歩と食事を兼ねお台場に出てきた。

700_3514.jpg
ビュルツブルク・マリエンベルク要塞

種は、裏付けと解説方法を探りながら成長させる。
だから、ネタになった段階で、組立終わっているのだ。
さぁ、書き出すぞ。

やっとあみすの年明けがやってきた。

DSC_3793.jpg
ビュルツブルク・高台 葡萄園 石垣

問題は、ここまで10日以上かかっていること。
棚上げ状態だった懸案事項はこれからこなすことになる。
旅行の記録も途中なのだ。


700_3802-2.jpg
ローテンブルクの町並み

とりあえず、書くことへのリハビリに利用したカットを5まい。

1 3861 D700 17-35/2.8D ISO6400 35mm F/2.8 1/1250 12/22 16:11
2 3629 D3x + 24-70/2.8G ISO1600 70mm F/4 1/125    12/21   8:51
3 3514 D700 + 17-35/2.8D ISO3200 35mm F/4 1/1000 12/21 15:42
4 3793 D3x + 24-70/2.8G ISO1600 24mm F/2.8 1/125  12/22   8:47
5 3802 D700 + 17-35/2.8D ISO3200 35mm F/4 1/500   12/22 12:22

旅程覚書

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忘れないうちにとたたき台。
20日から27日までの各日付で、その日の旅程を書き込んでおく。

ちょっとだけ予告編?

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整理出来ていない旅行のカット
総計2200カット以上から厳選・・・
するまえに、フライング的に予告編。

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3387  8時 アウトバーン疾走

7x3799.jpg
3799 12時 石畳と雨

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3979 16時 国境へ

7x3889.jpg
3889 18時 家路へ


巴里の意匠を 1

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車窓から。

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4422 云わずと知れた鉄の時代の始まり
それまでの石の時代から鉄の時代に移った象徴がこのエッフェル塔だ。
しかし、無骨で、無意味にハイスペックなこの建造物は、それでいてやはり、美しい。

東京タワーは或る種完成された美しさがある鉄塔だ。
エッフェル塔は未完成な無骨さにフランスならではの意匠美が融合された傑作だろう。

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4436 ルーブルをセーヌ川側から望む。
BMWなどの広告費が歴史や文化を後世に伝える。
ノートルダム側(東側)の外壁は大規模な修復を行っていた。

0x4464.jpg
4464 ノートルダム大聖堂
別扱いで、たっぷり撮っているのでまたそのうちご覧いただけるでしょう

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4479 オペラ座 せむしおとこといい、かいじんといい、ゴシックに事欠かないのも巴里の特徴か。

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4478 名も知らぬ建物だって、このとおり。

旅程 7

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26日 Apple Store オペラ座店へ、以降、昨夜と同じコースでコンコルド広場へ、
   チェイルリー公園を縦断し、Apple Store ルーブル店へ。iPhone 4S購入。
   ホテルへ帰投。スーツケースを梱包後、オペラ座周辺を散策し、昼食。
   (超うまいワンプレートランチ)
   15:30 ホテル出発→シャルル・ド・ゴール空港へ
   19:30 NH206便で成田へ

27日 機中泊、15:30(14:50 着)解散。

iPhone 4Sを購入してみるの2

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現在パリ郊外シャルルドゴール空港の時間は12月26日夕方の5:30

せっかくパリにいたのでと、アタックしてみたiPhone 4S入手作戦。

結論から言うと、入手できた。

まず、オペラ座店には9:30頃到着した。
暇そうな巨体氏に4Sが欲しいと伝えると、

out of stocks!

だそうな。
4や3Gsならあるという。
入店後30秒で玉砕。

ここで諦めかけたのが、のちのち響く(たぶん)。
当初、モンマルトルやモンパルナスのどちらかをぶらつこうとおもっていたのだが、この二つの場所が、実は正反対の位置にある。

しかも双方、オペラ座を拠点にすると、真北と真南でそれぞれ3km程度の距離。
徒歩で行って帰って2時間は、午後帰国の身にはちときつい。

ということで、コンコルド広場近くにあるらしいスーパーマーケットに寄ってみることに。
で、コンコルド広場に着くと、昨夜光り輝いていた観覧車がガラガラで営業中。

早速、大人1人€10で乗り込む。
なかなか楽し。いや、かなり楽し。^^;

そのまま、カフェでお茶でも、と隣接するテュイルリー宮殿の園庭を散策。
そのまま、ルーブルに乗り込んだついでに、Apple Store ルーブル店へ。
この段階で11時半すぎ。
ここでも店員に聞くと、あるというではないか。

しかし、目当ての白は1台もなく、64GB版も1台もなし。
しばし悩んで、32GB黒を購入決定。

たぶん、朝10時の開店時には白機にも幾ばくかの在庫があっただろう事が推測できる。

カードであっさり支払い終了し、デタックスプリーズで、3つ先の会計デスクに案内される。
中国人カップルが1組いたが、5分くらいで順番が来た。
デタックス処理中にアクティべーションプリーズとお願いすると、さらに2つ先のデスクへ案内される。
そこで、先客のアクティベーション中で応答待ちだった巨漢氏に、箱の開梱を促される。

いつも感心するが、Apple Storeの店員は開封作業を絶対やらない。
顧客自らの手で開封し、蓋を開け、実物を初めて目にするその瞬間を大事にしているのだ。
と共に、製品の確認作業を客に行わせ、外形上問題ないことを納得させるのだ。

で、アクティベーションにはキャリアのmicro SIMカードが必要だ。
もちろん、パリで通用する契約などない。
したがって、巨漢氏があらかじめ持っているSIMカードを挿入し、手続きを始める次第。

その間に、デタックスのための手続きも無事終了。
こうして、アクティベーションも無事終了し、厚い御礼とともに、Apple Storeを後にした。
ここで、ホテルチェックアウトの1時間前、オペラ座通りを北上した次第。

パリの街はある特定の基点から放射状に道が確保され、これらの道がそれぞれ斜めに交差する。

したがって、土地勘がなければ、とんでもない方向へ歩かされることになる。
パリに到着直後、10分ほどガイドブックのパリ市内の地図を穴が開くほど眺めておいたおかげで、オペラ座とセーヌ川、主要な観光箇所の位置関係を把握でき、道に迷うことなくホテルへ帰れたわけだ。

iPhone 4S 本体価格 €739(内付加価値税 €121.11)
返金額 €88.68
差し引き €650 (約¥68000)

後はカードの明細に注意しなくてはならない。

ということで、帰国後は晴れてSoftbank Mobileとの別れと
NTT docomoのXi回線契約へと、進む(予定)

iPhone 4Sを購入してみるの1

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現在フランスパリの時間は12月26日朝7:30

せっかくパリにいるので、いけるいけないに関わらず、iPhone 4Sの購入を考察する。


まず、Apple Store JapanのサイトからApple Store USサイトへ。
まず、本拠地での扱いの確認。

ここのiPhone4S内のリンクから、
Colorの選択→メモリ容量の選択→キャリアの選択(の下方にUnlock Connect Freeの項あり)と段階的に選択できる様になっている。

次にフランスのApple Storeのサイトで同様に確認。
うへ、全然判らん。
でGoogleのWeb翻訳機能をSafariに登録。

フランスサイトによると、パリには2店舗Apple Storeがあり、
うち1店舗はオペラ座に隣接している。
ってこのホテルも隣接してるんだけど?・・・

Google Mapによると、ちょうどオペラ座を挟んだ反対側のようで、ガレリアの隣りらしい。
もう1店舗はルーブル美術館の地下にあるショッピングモール内にある。

どちらの店舗も(つーか、おそらくAppleStore以外も含むほとんどの店舗が)クリスマス休暇、もしくは日曜休暇だ。
それ以外の日はオペラ座店が9-20時、ルーブル店が10-20時で営業しているようだ。

なんて調べて25日を迎えたら、何てことは無い、午前中に行われた市内の早わかりガイドツアーの際、ルーブル店前で写真休憩となった。
この店は、有名なルーブルのピラミッドの正面(地下モール)に存在している。

さて、サイトで確認した価格だが・・・

64GB→$850($400)70000円(32800),€850(88400)
32GB→$750($300)61800,€740(77000)
16GB→$650($200)53600,€630(65000)

日本円78.02/$(¥82)101.75/€(¥104)換算
(12/24/2011現在)

更にネットで情報収集。
購入における注意点
 1.Unlock(ノンキャリア? SIMフリー?)版が必要
  フランスでは、キャリアロックがかかっているため、アンロック化が必要らしい。
 2.免税(デタックス)処理が必要
  手続きには
   パスポート
   宿泊先住所
   ホテル名
  といった情報が必要(らしい。)
 3.アクティベートが必要。
  現地Apple Storeで行ってもらうらしい。

免税処理は別にiPhoneに限ったことではないのだが、フランスの物品税(所謂消費税)は2種(例外措置のものもあるが)、日常品に掛けられる税率が5.6%、贅沢品・嗜好品にかけられるのが19.6%となる。
したがって、未確認だが、iPhoneが贅沢品とされているのであれば、
ここには€166(64GBの場合¥17300)もの税金が課せられていることになる。

つまり、iPhone4Sの推定本体価格は、€683(71000)ということになる。

免税分の返金は、数種類あり、
 1.フランスを離れる際、空港内で現金処理(現在、中国人が押し寄せて、数時間待ち by 現地ガイド氏)
 2.為替小切手(ネット調べ。ガイドさんからの案内はなし。換金手数料が割高らしい)
 3.クレジットへの返金処理(数ヶ月後の反映となるため、円高の場合現金の方が吉)
当然のことながら3を選択することになろう。

購入先で「デタックス・シル・ブ・プレ?」と申し出て、後は反応をみることになる。

旅程 6

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パリ市内観光といってもバス内からの観光。
車外に出たのはシャイヨー宮からのエッフェル塔の展望と、ルーブル・ピラミッド周辺

昼食はエスカルゴ料理。以降自由行動。
エスカルゴは好きじゃない。
案の定、飛んで服の右半身にガーリック臭漂うジェノベーゼバターが1直線にラインを引く。
後で、カメラバッグと靴まで被害に遭っていたことが判明。

ルーブル前からセーヌ川湖畔を東へ。
ノートルダム大聖堂周辺を散策し、カフェで一休み。

ここから斜め左上(北西方向へ昇り)へ昇り、一旦宿へ。

一休みの後、コンコルド広場からシャンゼリゼ通りに向けてのクリスマスマーケットを散策。夕食は屋台で立ち食い。
立ち飲み。サーモンサンドが絶品。ステーキとポテトのパック、ホットワイン赤白も旨かった。
凄い人出。

大観覧車からイルミネーションまで美しい。

かつて神宮外苑イチョウ並木で行われていた東京バザールを思い出した。
たしかTBS系列のイベントだった記憶が。

(このマーケットの模様は後日12/31NHKにて午前中放送されていたフローリストのドキュメントでばっちり映っていた)

夜、iPhone4S購入に向けての情報集め、数時間。

Sofitel Paris Le Scribe
1 Rue Scribe 75009 Paris

旅程 5

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ユングフラウヨッホ 登山鉄道で標高3454m
 7時出発。インターラーケンから登山列車へ乗り換えるためWengwald Lauterbrunnenへバスで移動
Wengwald Lauterbrunnenから乗り換えのKleine Scheideggへ。約40分。
積雪のため、乗り換え便が10分遅れ(のちに1時間遅れへ、)駅併設のレストランにて、ホットチョコレート(遅延のため無料サービス)
9:30 Kleine ScheideggからJungfraujoch Top of Europe まで40分ほど。
高山病の症状は速攻で現れる。めまい。動悸。吐き気。
Kleine Scheideggに降りるまでつづく。

ユングフラウヨッホでは氷の宮殿を見学。展望台で極寒強風に煽られ、速攻で逃げ出す。

症状悪化から、売店喫茶にてカプチーノを飲む。
まわりは中韓観光客のみ。
わけわかめはかれら。
「辛」の字入りのカップ麺持参で、売店にてお湯だけ購入し、ジュルジュルすすっている。
周りは、唐辛子エキスの香りでプンプン。

10:50 下山の列車へ乗車これも40分ほどか。
無事Kleine Scheideggに戻ってきた。
先ほどのレストランにて昼食。ハンバーグと付け合わせが大量のハッシュドポテト。地ビールを追加注文。
吐き気が残ることもあり、ポテトを残す。
う〜ん、うまいんだけどなぁ。追い立てられるように食べ、飲む。

その後、下り列車が登りと別ルートになり、Kleine Scheidegg からGrundへとなる。
ここでパスに戻り、インターラーケンへ戻るルートをたどり、インターラーケンから一路ジュネーブへ。
この間約3時間。220km。

ジュネーブ
さまざまな国際団体の本部前を通過しつつ、駅へ。
ジュネーブ駅にて夜の和食弁当(ニンニク臭い唐揚げ弁当)を渡され、移動。

8(?)番ホームまであるが、TGV用のホームはフランス国有鉄道の私有でフランス領扱いとなるため、
このホームへ辿る道すがら、越境のための事務所、荷物検査所などを通過する。
これらは当然撮影禁止。
さらには団体扱いで素通り。
駅構内の7~8番線(だったか?)TGVにてパリへ 約3時間半。
インターラーケンからジュネーブまで3時間

TGV2等車は狭い。東海道新幹線指定席より20cm程度狭い。
おまけに窓上に照明があり、明るすぎて眠れず。

といいつつ、やっとウトウトしたところで、すぐリヨン駅だと起こされる。
超気分悪。

リヨン駅から1時間ほどだったか。
2泊する宿ホテル・スクラブに到着。

移動距離が長すぎてくたびれ果てた。
世の中はクリスマスイブ。
1階のバーでビールで乾杯。メリークリスマス!
帰り際ネット接続について訪ねると、低速接続なら全くの無料だそうだ。
Air Expressの本領発揮。

Sofitel Paris Le Scribe
1 Rue Scribe 75009 Paris

旅程 4

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朝からワクワク。
ホーエンシュバンガウのノイシュバンシュタイン城へ。

前日の雪で城まで徒歩で上がっていったことを除いてはもういうことなし。
土産物屋での正規ルートのRIMOWAが日本の半額だそうで、同じツアーの仲間から3組がこのスーツケースを購入していた。

この日は、この後が、きびしい。
ここからインターラーケンへ行くのに、ドイツ→スイス→リヒテンシュタイン→スイスと四カ国をいったりきたり。

蓋を開けると、クリスマス休暇のためドイツ→スイスの国境が大渋滞で2時間缶詰。
それにまあ、リヒテンシュタインってのも、橋を1つ渡って、同じ橋を渡り直して、ってそのあいだにトイレ休憩と土産物ってわけで。

ここで、スワロフスキーの熊を購入。
かわいい仕草の熊で、後で調べたら、日本の半額だった。
ってこれはあくまでおまけのはなし。

インターラーケンの宿に着いたのは予定より2時間遅れの20時半。
食事は宿の1階で21時から。
地元のCOOPが22時まで営業しているといわれたが、結局食べ終わりは22時ということで。とりあえず、インターラーケン駅まで散歩して帰投。

翌日がまた早いので、速攻で就寝。
せっかく数日ぶりにネット接続できたのに・・・
メール受信のみで終了。
スパム含み1500通。フィルタをすり抜けたモノの削除のみでくたびれ果てる。

Krebs Hotel Interlaken
Bahnhofstrasse 4 CH-3800 Interlaken

おまけ
当日の生の声を記録しておく。

あみす@インターラーケン in Swiss
4日めにしてやっとネット接続が可能。
とはいえ、この環境も強行スケジュールにより、あと5時間(寝る時間込みで)。

ドイツとスイスの国境がクリスマス休暇を過ごすローカルな人々で大渋滞し、
バスは1時間半ぴくりとも動かず。
そのため、今日の行程は約2時間半遅れで、20時半到着。

食事は21時に席についてから22時までかかった。
この時間は日本時間に直すと、午前1時から2時にかけて。
食欲も湧くわけがなかろう。

と思っていたが、いずれも多めの盛りつけにも関わらず、ぺろりと平らげたのだった。

ドイツ国内の3箇所のホテルではいずれも、1時間€5、1日€14、100時間€34程度だったかで、WiFiにつなげる。
ただし、ホテルが用意したインフラではなく、地元の通信事業者の環境の乗り入れで、プリペイドのようだった。
したがって、契約方法や条件など詳細が分からず接続不可。

・・・だめ。限界のようだ。



旅程 3

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ローテンブルク
巨大な城壁に囲まれた、時間を止めた都市。
聖ヤコブ教会、旧市街、ブルク公園(クリスマスマーケット)
忘れられないトマトスープ。
そして、前日の昼食より数倍おいしかった白ビール。

この街での体験はたとえ年を重ねても忘却の彼方に仕舞い込みたくない。

薄ら寒い雨は、聖ヤコブ教会に至る道すがらみぞれから雪に変わった。
協会内にカメラ禁止の張り紙があり、添乗員さんにあみすが質問したのは、
そこをちょうど通りかかったときだった。

2階にあがり、目の前にドンとおかれた祭壇は、
ロンギヌスの槍により突き殺されたキリストの聖血を三滴保存したとされる聖なるモノで、
見る者を圧倒する何かを持っていた。
心にしっかり刻み込もうと誓った瞬間、なにかが心のドアをノックした。

中学の修学旅行。

写真部の部長として、修学旅行の撮影係に任命され、数日間の奈良京都の旅行中で、
約800枚の撮影を行ったのだった。オヤジのレンジファインダーで。
現像代は8000円にのぼり、オフクロはカンカンに怒りまくった。

その写真から数十枚が中学の卒業アルバムに収録された。
そういえば、あのころからパノラマ写真が好きだったのかも知れない。
そして、あみすの中の修学旅行の記憶は、ファインダー越しのモノになったのだ。

何一つ肉眼で見ていない。
何一つ記憶に残っていない。
とても残念な修学旅行となった。

そして、その記憶が、あみすを永らく写真から遠ざけてきたのだった。

そして「眼」を開いた。
しっかりと見て、心に焼き付けた。
いろいろな角度からみて、頭の中で立体化して反芻した。
立ち位置が変わることで、輝きを替えるステンドグラスに吸い込まれた。

素晴らしい体験だった。

あみすはキリスト教徒ではない。
けれど、幼少期にはクリスマスのたびに六本木三河台にある、
フランシスカンチャペルセンターカトリック教会の子供会で、
クリスマス会に参加し、
ミサに参加し、
賛美歌を唱ったものだった。

のちのちオフクロに聞いた話では、余り感心しなかったということだったが、
それではなぜ参加させられたのか。

今となっては謎となってしまった。

しかし、この体験は、あみすに宗教を意識させるには十分な何かをもたらしたようだ。
オヤジは昔よく言っていた。
「やつらは最後には神の御心で逃げちまう」
「これが東洋人にはまったく理解できない。」と。

確かに、タルコフスキーの「サクリファイス」でも、
グレアムグリーンの「The End of the Affair」でも、
「Brother Son Sister Moon」でも、
神への贖罪、聞き入れられた願いへの対価としての献身・自己犠牲が描かれており、
この本心を真から理解することが我々日本人に可能かどうかと常日頃から疑問視してきたものだった。

第一、多神教や偶像崇拝を古い野蛮な宗教と決めつけ、一神教を信仰の対象とするものを近代宗教と位置づけたりするキリスト教信者が、対価を求められるような願いの叶えられ方しかしないようなインチキ臭い話を美徳とみること自体、極めて身勝手な自己中なモノの考え方だと思うし、今だにアメリカの大部分の片田舎の福音主義者がダーウィンの「進化論」を信じず、高校で進化論について教えたり議論することに反対しているという実体。ミスアメリカ選抜の各州のミス代表たちの何人かが、進化論を信じるか否かの議論をあえて避けているという事実や、その理由が実際に本人が進化論を否定ある立場を取る場合と、特定の宗派の信者たちからの反感を買うことを恐れている場合があると聞かされたときにはあまりの恐怖で震撼したモノだった。

さて、そんなこともあり、学生時代に一般的な宗教論や構造主義的な宗教解体論に違和感を覚えたりしたのも、この辺りのバックボーンが起因しているのであろう。

聖血の祭壇を敬う人々とあみすの立つ位置が、世界のちょうど対極にいる端っこ同士のような気がして、ものすごく不安?というか、不信?というか、ざわざわしたものだった。

ヴィース巡礼教会

この夜、フュッセンの宿に到着した。
宿の1Fにはスーパーがあり、破格の値段でワインが買える。地ビールが買える。
ユーロになって、物価が高いとか、危機とかいわれるが、
少なくとも日常の生活用品食品に関しては物品税の税率は低く、物価は安い。
安すぎるくらいだ。

例えば、330程度の瓶入り地ビール1本が80円程度だ。
日本で購入すると、350ml位で4000円するアイスワインは600円。
ありえん。日本の酒税の不愉快さにはときどきウンザリさせられる。

この日は繁華街も歩けたし、飛び込みで入った雑貨屋でいろいろ買い物も出来た。
 
Treff Luitpoldpark Hotel
Fuitpoldstrasse 1,87629 Fuessen, Germany

旅程 2

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ハイデルベルク
ひと月ほど前にBS日テレの「TravelixIII」でハイデルベルク周辺が特集されていた。
TVで観ていたまさに同じ場所が・・・
同じに見えない。

何故?
TVでは秋口の、まだ緑の多い暖かそうな季節に、燦々と木漏れ日を浴びながら
大学構内の食堂(といっても外。中庭)でビールを飲む学生達の姿が映し出されていた。

実際に観る景色は、小雨交じりのどんよりとした曇り空で、
これではやはり印象がまるで違うのも無理はない。

川を挟んでハイデルベルク城側に旧市街が広がる。
 若い学生のカップルをモデルにしたチョコレート店
 市庁舎前のクリスマスマーケット(朝早すぎてまだ閉店中だ)
 大学の博物館など

学生の街と言いつつ、すでに冬休みで学生らしき姿はまったく見られなかったが。

カール・テオドール橋はもともとハイデルベルク城の堀のつり橋の役目を果たしていたという。
そういえば、

このとおり。

ヴュルツブルク
レントゲンさんがX線を発見した街。レントゲン通りにはいまだにヴュルツブルク大学の物理学研究室があり、「ここです、ここ」とガイドさんに建物を指さされたところには、石作りのそれは素敵な建物があったが、内部に巨大な研究装置が見え隠れし、それらしい雰囲気も漂う不思議な雰囲気が醸し出されていた。この感覚は、本郷の東大病院や信濃町の慶応大学病院の中やその裏道を歩いているときの感覚とよく似ている。ここの方がお金を掛けてメンテナンスしている風で抜群に綺麗だけど。

wuerzburgR.jpg
1 昼食と世界遺産「レジデンツ」
食事はヴュルツブルク旧市街のレストランで
ドイツのパスタ?耳かきの棒くらいの太さのねじれたパスタの付け合わせの
牛肉のデミグラスソース煮でこれは非常に旨いものだったが、デザートの砂糖コーティングされたチーズケーキのようなものが、蠟臭く、ほとんどのツアー参加者は残したようだった。

そこから世界遺産へ徒歩。
司教館(レジデンツ)。
第2次大戦中に大規模な空爆が行われたが、天才建築家バルタザール・ノイマンの設計した「階段の間」はその頑強な設計により空爆の直撃を受けたにも関わらず、まったくくずれることがなく、今だに世界一の天井一面のフレスコ画がオリジナルで残っている。
このフレスコ画はイタリアの画家ティエポロによるが、特に「階段の間」のものは4大陸を表したもので、象やアメリカ大陸などの描写は全て想像の産物だそうだ。
もう一つレジデンツのオリジナルで秀逸だったのが、石膏彫刻だ。

レジデンツ内は撮影禁止で、破損防止のため、手荷物も全てロッカーに仕舞わされる。
観覧後、出口(入り口も兼ねる)でカメラバッグを戻して肩に掛けていたら、慌てて男性職員がすっ飛んできて、これから観覧か尋問された。ノー、フィニッシュドといって開放されたが、きびしいなぁと言う印象だった。
添乗員さんと現地解説員の方が驚いていたくらいだから。

2 マリエンベルク要塞
マリエンベルク要塞はマイン川脇(左岸だそうだ)の丘にあり、何度も作り直されている。
現存する最古の部分は704年ころのものだそうだ。
日本では大宝律令が施行されたころ。
すごいね。

この要塞は、どちらかといえば、野城というよりは立派なお城って感じ。
でもこれが1000年近い歴史を持ち、壊されては作り直されの繰り返しでここまで来ているわけで、これはかなり驚くべき事だと思う。

陸続きの欧州中央部にあって、どの時代においても重要な拠点であり続けたってことだから。

そんなわけで、今観ると、まことにすっきりした「お城」ってわけで。


7x3500PS.jpg
中庭からみた旧市街全景
1カット1200万画素の3カットからなるパノラマのトリミング。
画像をクリックすると元ファイルがリンクします。
ファイルサイズが28MBを越えるのでご注意を。

3 旧マイン(アルテマイン)橋を渡り、旧市街のクリスマスマーケットへ
旧マイン橋には12名の聖人の像が配置され、左岸側にマイン川水位の高低差調整のための閘門(こうもん)が設けられている。12月21日の夕方の流れは激流と呼べるものだった。
右岸側には水車を保持する感じの良いカフェレストランがあり、時間があればゆっくりしたいところだったが、なにせ急ぎ足のバスツアーだ。そのままレジデンツ方面へ直進した後、路地を左折、マーケットの開催される広場へ急いだ。
徐々に日が暮れ始める中、雨もポツリポツリと・・・


4 本日の宿泊先は古城をホテルに改装した
SchlossHotel Steinburg
AUF DEM Steinberg, 97080 Wuerzburg, Germanany 


DSC_3784RS.jpg
翌朝ホテル前に広がるブドウ畑から撮ったヴュルツブルク全景
1カット2400万画素の6カットからなるパノラマのトリミング。
画像をクリックすると元ファイルがリンクします。
ファイルサイズが60MBを越えるのでご注意を。

旅程 1

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成田12:20発 フランクフルト16:20着
往路4時間の長旅。ってわきゃあない。

東京都の時差ー8時間、かつ往路12時間の長旅。
結果時計の針は4時間しか進まないが、この段階ですでに半日ずれたわけで。
時差ボケ必至。

空港から20分ほど。
5時半頃ホテル到着、同50分ころチェックイン完了。
添乗員さんの計らいで希望者のみ急遽クリスマスマーケットへ
これは6時半ロビー待ち合わせ。

ホテルは由緒ある見本市会場に隣接し、
同敷地内に隣接するホールではBatman Liveが開かれんとしていた。
結構お客さんがぞろぞろ行き交う。

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ここはメッセ(Messe)マーケット会場はRomer(oはウムラウト付き)
(from wikipedia)

クリスマスマーケットへ

添乗員さんは予定外の場所なのにも関わらず、懇切丁寧にいろいろ教えてくれた。
地下鉄の乗り方、マーケット内の歩き方、食べもののおいしい屋台の場所。
無料のトイレのありかまで。(ドイツでは基本公衆のトイレは50Centほどだが有料)
コミュニケーションの距離感まで申し分なし。それでいて手厚い保護を感じる。

フランクフルトの地下鉄は基本改札がない。しかし、途中で検札が入った場合に、無賃乗車が判明すると罰金が高いらしい。
往復それぞれで市内均一料金の片道切符を購入すればOK。片道€2.5

肝心のクリスマスマーケットだが、まず目を引くのは、屋台の美しいこと。
フランクフルトといえばソーセージ。それとワインの産地も多いことから、ホットワインの香りが鼻をくすぐる。かく屋台ごとにワイン容器に趣向を凝らす。
中身のワイン自体は約€3程度。これに陶製カップのデポジット代が€3~4とかかってくる。
それぞれのワインカップを記念に集めたければ、このデポジット代は返却されない。
代わりに陶製カップはお持ち帰りできるわけで。ただし、洗ってくれたりはしない。

さすがに旅の初日に酔っ払うのも怖いので、今回はソーセージ(w/t Bread)のみ。
人形町のドイツパンに影響されドイツパンは固いものとばかり・・・
がしかし、ふんわりカリカリのおいしいパンでした。

ウナギの寝床のように長いマーケット会場をひととおり巡り、駅すぐ前のローマ時代の遺跡が発掘された教会のまわりで、カフェを探すが、踏ん切りが付かず、そのまま、地下鉄で帰投。

Maritim Hotel Frankfurt 
Theodor Heuss Allee 3 60486 Frankfurt

暫く

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ANA NH0209 フランクフルト行き これが本日の宿

あみす@narita
不定期なアップになるかもしれません。

今回はD40をコンデジ代わりにパンフォーカスで使ってみようと思っています。
もちろんいつもの機材ももっていきますが・・・

では行って来ます。

覚書

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昨日は朝から調子が上がらず、午後からさらに具合が悪くなった。
前日動きすぎたせいではないか、といわれた。

先週は体力回復開始を決意した週だった。
月曜から徐々に歩く距離と時間を長くしていったのだ。
水曜に靴を替え、慣らしに入った。
そして金曜、とりあえず思った通りの経路で歩いてみた。
それが以下の通りの経路。

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いろいろ面倒があり、ロートルな使用方法をとってみた。

出発は、日本橋営業所近くの水天宮前。
ここから隅田川大橋を福住側へ渡り、川岸の隅田川テラスを南下し始める。
途中テラスから逸れて、街中を散策してはまたテラスへ戻るという、ぶらり途中下車の旅を行っていく。
越中島の海洋大前で橋を渡るが、途中の中の島で橋の下をくぐり、反対車線から月島側へと入る。この島の橋の下が面白かった。

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飛び石である。
しかも満潮時は水の中に石の表面だけが顔を出す(であろう)。
下にはかなりの牡蠣殻が見受けられた。っていってもとても喰えんだろうなあ・・・

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石川島公園から、再び隅田川沿いにでて、佃島・月島沿いの河岸を行く。
ちょうど月島1丁目から3丁目までにかけて、堤防工事が行われていた。
立て札を見ると、スーパー堤防の文字。
なるほど、こんなところで仕分け対象の事業が行われていたのか。

スーパー堤防は海抜0m地帯に相当する土地を盛り土して、堤防の高さをかなりの距離をかけててゆっくり下げて行く。これを200年以上かけて行っていこうという不届きな所業ともいわれる事業(?)だ。当然そこにあるはずの家屋は一旦立ち退き。

ふーん、この工事はいつ終わる?

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で最初は、そのまま勝ち鬨を渡って、いつもの道を帰ろうかとも思ったが、なんだか逃げているような気がした。
というのは、今回は家のある側と反対を行ってみようということで歩き始めたのだ。
こうなったら、徹底的に歩いてみようか。

と思ったのが運の尽き。
後は比較的退屈な幹線道路をひたすら直線・直角・また直線という感じで、レインボーブリッジまで到達。冬期スケジュールであと30分で閉場というぎりぎりの時間でレインボーブリッジを渡りきる。

この間の経由は勝ち鬨1丁目から晴海通りを南下し、晴海埠頭を横断し、晴海大橋(?)を渡る。この橋は高さもあり、橋の頂上部からの眺めがなかなか素晴らしかった。

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昔はこの橋も存在しなかった。
晴海通りに沿って埠頭の中程で左折し、豊洲を経由し、東雲を右折という経路で13号埋め立て地(現在のお台場)に行くしかなかった。
レインボーブリッジがない時代のことだ。

この晴海大橋は築地市場の移転のために架けられた橋で、晴海埠頭から直接市場の予定地に着地する。

現在微妙な工事工程が消化されている、ゆりかもめ「市場前駅」周辺。
市場前と言う名とは裏腹に、誰も降りず、誰も乗らない駅。

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築地周辺は、関東大震災による壊滅的被害にあった銀座の廃材を埋め立てる形で広がったのではなかったか。銀座はこの市場を抱え込む形で、世界有数の繁華街に復興した。

都は神田市場を大井埠頭に移設させ、太田市場とした。
周辺の環境がかわったから市場を移転させる。
これが続けば、際限無く移転し続けなければならない理屈になるのではないか。

まぁ、すでに築地の場外では昔の姿が見受けられなくなってきて、完全な観光地と化してしまった。魚の卸業者が経営する割烹屋や寿司店がチェーン展開して、場外市場は既に死に体と化している。

さて、市場前を通過すると、有明テニスの森だ。ここを右折すると、既にかなり開発が進む有明一帯を通りすぎる。ここまでが江東区。
そして、のぞみばしを渡ると港区になる。
海浜公園入り口を右折すれば、突き当たりにレインボーブリッジ入場口がある。
ここで、すでに日が暮れていた。
レインボーブリッジには北側と南側に2経路持つが、この日は南側エレベーターの点検のため、北側通路しか使用出来なかった。お台場側は見られないが、北側は逆に東京の夜景側。
残念なことにレインボーブリッジは三脚禁止なので、手持ちによる3秒〜5秒の露出は難しい。

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こうして橋を渡ってこの日の遠征は終了。

日光霧降高原行2

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0x1835 鮎の塩焼き、芋串が旨かった。

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0x1837 有料道路を上った第一駐車場にて

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日光霧降高原行1

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Falls in Fall
aki no taki
秋の滝
日英ともに韻が踏めるとは・・・

霧降の滝
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日光中禅寺湖周辺2

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日光中禅寺湖周辺1

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