Soundsの最近のブログ記事

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なぜに?という疑問は置いておいて、早速ググってアクセスしてみると・・・

ほう、スイスのカントリーコードドメイン(CC Domain)がchというのは知らなかった。
公用語が複数(4つ)あるがゆえ、語源であるラテン語の国名表記である
「Confoederatio Helvetica」
の頭文字を取ったそうだ。

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で、これがまた面倒くさくて、
正式なFQDN
www.lifetrons.ch
ではアクセスできず、
www.lifetrons.com.hk
がオフィシャルサイトだそうだ。

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ということは香港のCCでオフィシャルサイトを運営しているということだから、
簡単に言ってしまえば、スイスの企業が中国企業に買収されダミー化している訳ね。
まるでゾンビだな。

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とはいえ、製品情報が手に入るだけマシか。
って結局本家のサイトへリダイレクトされ、アクセス不能じゃん。
なんだよ、ますますインチキくさいなぁ。

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にしては製品そのものはなかなかの作りで肝心な音の方もかなり良い。
このあたりの落差が激しい。

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このスピーカー、DrumBass IIIeという名だが、US Amazonでは $89.99、eBayでは$98.80ということで7200〜7800円程度か。
聞いたところ$50だったというからかなりお買い得だと思う。
しかも、肝心な音、かなり良いし。

これからは旅行に必携かもね。
ありがとうございました!

永いトランプ

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いや、スランプから
やっと一山越えた。
これで1つの区切り。
ここから1つの本格的な始まり。

っと正念場は、つづく。

BGMとして成立しない音楽と成立する音楽がある。
女性ボーカリストをまとめたライブラリをランダムでエンドレス。
名前だけ挙げても

ミニー・リパードン
パク・シネ
マイア・ヒラサワ
吉田美奈子
ノラ・ジョーンズ
エラ&ルイ
シャーデー
ボニー・ピンク
シビル・シェパード
荒井由実
キャロル・キング
ロバータ&ダニハザ
リッキー・リー・ジョーンズ
シェリル・クロウ
中島美嘉
シーナ・イーストン
ミッシェル・ブランチ
ロージー
カレン・カーペンター
ソフィー・ミルマン
ヤノカミ
ヘレン・メリル
バージニア・アストレイ
マイラバ
シリエ・セリアネルゴール
パティ・ページ
エブリシング・バット・ザ・ガール
サラ・ガザレク
スーパーフライ
エリン・ボーデ
今井美樹
シンディ・ローパー
ラシェル・フェレル
たあ坊(ターボー?)
メロディ・ガルドー
ちあきなおみ
UA&菊地成孔
ダイアナ・クラーク
JUJU
ヒラリー・コール
吉田美和
カーリー・サイモン
鬼束ちひろ
宇多田ヒカル
リズム
ダイナ・ワシントン
エンヤ
トリンティ(トレインチャ)オーステルハウス
サラ・ヴォーン
ジョニ・ミッチェル
マリーナ・ショア
オリビア・ニュートン・ジョン
坂本真綾
とか、など

まぁ、それにしても・・・
かわいこぶりっこなジャジーなJAZZがお好みなのが一目瞭然。
ようは雑食ってことか。

しかしながら、
マイフェイバリットな史上最強なシンガーであるところの
レディ・デイは、絶対この中にはいれないのである。

彼女は襟を正して、正座して聞くべきなのである。
そんなことしたこともないけれど・・・^^;

彼女こそ史上最強のシンガーにして、史上最強最初のだめンズウォーカーで
バイセクシャルでありえないほどさびしかったひとなのである。

本日は壊れかけのラジオなのであった・・・ーー;

はやりの・・・

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PinkMartiniがヘビロテ。

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「Splendor in The Grass」

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「Sympathique」

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「1969」

JPAmazonなら
例えば、Splendor ・・・なら現在品切れながら2477円。
Sympathiqueなら2040円。
1969が3000円。

これがUSAmazonだと、
Splendor・・・が$13.68なので、約1070円
Sympathiqueが$13.66で、約1070円
1969が$12.28で、960円

というわけで送料$15約1200円かけても4300円。
JPAmazonでは目当ての1969を購入したら、他が聴けないし、1969以外で予算オーバー?
いずれにせよ3枚とも、というわけにはいかなかったわけで・・・

で、肝心のPink Martiniだが、これはJAZZか?
いや、JAZZではないな。
かといって、面白くないわけではなく、なかなかに心地よいものだから面白い。

リチャード・ハミルトン

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13日に英国の画家リチャードハミルトン氏が亡くなった。
氏はThe Beatlesの10作目「The Beatles」、通称「White Album」のデザインを担当した、ポップアートの先駆者的存在だった。

中学時代初めてWhite Albumを見たときにはかなり動揺したものだった。
真っ白なジャケットにヌキでThe Beatlesとロゴが打ち出されている。
光の加減でロゴがまったく見えないただ真っ白なジャケット。

リリースされた'68(11月末)に2枚組という構成が画期的だし、レコーディング途中から8トラックレコーダーが採用され、音源ごとのいわゆる個別レコーディングが行われた画期的なアルバムでもある。また、歌詞カードが添付されていたことも当時の欧米のレコード業界にしては、画期的なものであった。

因みに相前後して、サイモン&ガーファンクルがラストアルバム「明日にかける橋」('70 1月)で導入したのも8トラレコーダーだった。

ホワイトとくればブラック。
Beatles自体、ゲットバックセッションがブートレグ化してブラックアルバムと呼ばれるような状況にあるが、それ以外でやはり印象に残っているのが、Princeの「The Black Album」だ。
1987年名作「Sign "of"(○の中に鳥の足のような記号) the Times」に続いて制作されたものの、発売直前に中止され、流出したブートレグは500万枚以上売り上げたと言われる。
このアルバムは、最終的には'94にワーナーブラザーズから正式に発売された。ブート版に複数のバリエーションがあり、購入が憚れたので、満を持しての正式発売は何ともうれしかったのを覚えている。ただ、このCDジャケットはやたらと指紋がつきやすかった。

プリンスはこのあと、ワーナーと仲違いして、契約アルバムを矢継ぎ早に押っつけ仕事でリリースしていくが、これらがまたかっこいい。
天才の天才たる所以。
この後、プリンスは(一時的ではあったが、)その名を捨てる(1994-2000)ことになる。「The Simbol」と呼ばれた正式な呼び名を持たない記号で表し、「The Artist Formerly Known As Prince」と呼ばれたり、単に「The Artist」と呼ばれたりしたが、ワーナーとの契約が完全に切れたのを機に2001年のアルバム「The Rainbow Children」から、プリンスという名称を復活させた。
日本でのサイン・オブ・ザ・タイムス・ツアーは12月年末近くの東京ドームだったはず。このコンサートを観た夜、そのままバスツアーでスキーに行った記憶もあるし。
このとき、プリンスは、毎晩のように、今は無き六本木PITINN上にあった、SONYの六本木スタジオに籠もって、うん十曲という新作を作ってお持ち帰りしたそうだ。
やっぱ、天才だな。

雲の動き

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速く激しい。

台風の影響だろう。
風景は瞬間的にその表情を変えていく。

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SIGMA 70-300mm f/4-5.6 DG MACRO + ND8 + PL 
ISO800 170mm f/4.5 1/200

懸ける

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価値がある「なにか」を見つけることすら難しい。

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とある学園祭の光景

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とある学園祭の光景2

修理

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ガジェット好きを否定する気はない。

しかし、形或るモノはいつか壊れる。

デジカメは電池なしでは存在しない。
これはフィルムカメラといえども免れないことが多い。
露出計内蔵型以降のカメラであれば、電子回路搭載が基本だ。
例えば、昨年Nikon F3のデッドストックは、使用し始めてたった1週間で壊れた。

もちろん、使い捨てなど出来る訳のなく、Nikon SCに持ち込んで修理してもらった。
領収書を見せたところ、初期不良扱いで無料修理となった。
大負けに負けてもらって・・・だ。
十数年前に製造中止になったのに・・・だ。
Nikonには感謝感激。

しかし何より感激したのは、Nikonが昨年修理終了するはずだったF3の修理期間を延長したことだった。

なんというか、Nikonのこの姿勢に大きく感動したのだった。

とても気に入っていたコンデジがある。
PhobosにもアップしているOlympus μ770SWだ。
'07に発売された超髙耐性コンデジである。
1m落下に耐え、100kg圧に耐え、水深10mに耐え、マイナス10度に耐える。
メモリーカードがxDピクチャーカードというかなりマイナーなメディアで価格が高止まりしているものだという欠点を差し引いても、このコンデジの素晴らしさは曇ることがない。

しかし、このカメラのレンズが内部から曇ってしまった。
ネットでいろいろ調べると、どうも数万円かかるという。
それでは最新で同耐性のTG810と価格が変わらない。
本当は修理したかったのだが、あきらめたのだった。

おなじカメラでも、完全アナログのマニュアルでしか使えないカメラ。
電池を必要としない、NikonでいえばFやF2、古くはHasselbrad500やRolleifrexなどだ。

40年前、50年前の個体には、もう替わりは存在しない。
どうしても使い続けたければ、修理するしかない。
だが、すでに製造元のサポートはとっくに終了している。

本当にありがたいことなのだが、非常に腕のいい修理専門の職人さんが何人かいらっしゃる。
そして、たいがいの故障に対応してもらえるのだ。
今手元に修理を必要とするHassel500cのボディがあるのだが、この場合、銀座のとあるビルの7階に有名な職人さんがいて、速攻対処してもらえるのだ。
ただ、修理代は、ものすごい。Nikon D300sの現在の価格の半額程度は最低でもかかる。
修理代を稼ぎ出さねばなるまい。

カメラとくれば時計。

高校卒業後、大学の入学祝いに祖母がくれたお祝いでSEIKOのダイバーウォッチを購入した。
学生時代ずっと使い続けていたが、2回電池交換したあと、急にその動きを止めた。
どうしても手放せなくて、引き出しの奥に仕舞った。

10年ほど前、世代を継ごうとヨドバシに持って行って電池交換したが、
動くか分からないといわれた。
SEIKOでオーバーホールしてもらう必要もあると。
ダイバーウォッチは防水シールが必要で、耐圧検査も必要とする。
ここではそのいずれも出来ないといわれた。

4半世紀前のクオーツ時計で、メンテもせずに
毎年水深10m前後をガンガン素潜りしていたのだから、
考えてみれば、当たり前の話で。
やはり時計は動かなかった。

数年前、祖母が亡くなった。
あみすはちょうどタイを旅行中。
プーケットの空港で体がだるくなり、バンコクについたときには瀕死の状態になった。
宿泊先に辿り着いて熱い風呂に浸かったら、急に憑き物が落ちたように普通の体調にもどった。

同じ時間に、祖母が亡くなったのだった。

帰国後、祖母の訃報を聞き、ふと思い出して時計を取り出した。
時計は動き始めていた。

そのまま数年、使い続けていたのだが、
つい2週間ほど前のこと、バンドが経年劣化でちぎれてしまった。
バンドも4代目?くらい。
いまだSEIKOで出荷してくれている。
と、バンドのピンがはずれない!
どうも、ロック機能がバカになってしまい、
バンド交換が行えなくなったのだ。

しかたない、と
SEIKOのサイトから、オーバーホールの申し込みをした。

数日後、メールで連絡がきた。
場合によっては、ムリかも知れないが、まずはモノをみせてほしいと。
ダイバーウォッチという性格上、場合によってはムリかもとも。

非常に適切で正確で、安心した。
明日、窓口に持って行くつもりだ。

今朝のがっちりマンデーは修理業界の話だった。
いまだにワープロの修理が大忙しだと知った。
そういえば、あのころ、すでにATOKと一太郎はポピュラーな存在だった。
それまで、あみすはキャノワード派だったのだが、
NECの9801でDOS3.1あたりからだったか・・・ATOKを使い始めたのは。

何じゃ!この空!!

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夏の空。

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追悼

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レイ・ハラカミ氏27日19時頃、脳出血のため急逝。
享年40歳

CMなどでも引っ張りだこだったのに。
今年の夏フェスでも引っ張りだこだったのに。
矢野顕子とのコラボ「Yanokami」は大好きな作品だった。
だったっつか、ずっとずっと毎日聴いてる。今でも。今も。

合掌

面白い

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大阪を聴く。

巨大な交差点で信号待ち。

目をつぶって耳を澄ます。

きこえるのは関西弁ばかり。

エスカレーターで立ち止まるのは右側。

同じ日本語を使う異邦人。

それが俺。

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なんか、せっかくここまではまったんだし、
このまま一過性のマイブームで終えるのが悔しいので、
新しいことを1つ初めてみようかと密かに考えてたりして。

めったやたらと聴きまくっているサントラも肝心のボーカルに関する情報があっちに行ったりこっちに来たりでわけわかめ。
ということでひとつ纏めておく。


美男이시네요 OST覚え書き

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1.相変わらず
ジェルミ役イ・ホンギ(歌)

2.空から降ってくる
元FTISLAND(イ・ホンギ在籍のグループ)のギター/ボーカル担当だったオ・ウォンビン(歌)とMiss$(二人組女性ラップグループ)(ラップ)による


3.言葉もなく
9th Street(ナイン・ストリート)サウンドクリエーターの2人組グループによる

4.Lovely Day
コ・ミナム/コ・ミニョ役パク・シネ※(歌)
※日本語表記ではパク・シネと訳されることが多いが、最近シンへ表記に移行中
と聞いていたが、本人がシネと発音しており、これに従う。

5.約束
イ・ホンギ(歌)&シヌ役チョン・ヨンファ(ラップ)

6.胸が罵る
Kim Dong Wook(歌)この人、コーヒープリンス1号店に出演したKim DongUkと同一人物か確証が持てない。カタカナ表記は双方キム・ドンウク
「胸がののしる」とはあまりに日本人的な表現でないが、とりあえずそのまま
(後日知人から別人だと指摘があった。)

7.言葉もなく
パク・シネ(歌)
7話、劇中コ・ミナムはファン・テギョンsiiの持ち歌レコーディングでつまずき、豚事件のあと、ファン・テギョンsiiへの思いを込め歌い上げることで、完成させる。
コ・ミナムの男声としてのソロ・ボーカル

8.相変わらず
A.N.Jell(歌)
ファン・テギョン役チャン・グンソクとコ・ミナム役パク・シネのユニゾンが聴けるバージョン。
4話、劇中4人になったA.N.Jell初めてのイベント出演で演奏した曲。途中バースでコ・ミナムのソロが聴ける。

9.約束
A.N.Jell(歌)
メインボーカルはファン・テギョン、途中のラップはシヌ

10.言葉もなく(ピアノバージョン)

11.相変わらず(ボサノババージョン)

12.約束
イ・ホンギによる日本語バージョン(日本版)か中国語バージョン(台湾版)。韓国語版は未収録

Vol.2

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1.バカのための歌
パク・サンウ(歌)
12話、劇中ではシヌが落ち込むコ・ミナムを慰めるためにギターで弾き語る。なぜシヌバージョンではなかったか?

2.なんの話もなく(Vol.1の言葉もなくと同曲)
ファン・テギョン バージョン


3.どうしよう(オットカジョ)
パク・ダエ(Park Da Ye)今年2月デビューした新人だが、この曲を含めすでに複数のドラマ挿入歌を担当する。
(これ以降ネタバレあり)
劇中キーになる歌。ファン・テギョンは世間に公表していない母がいる。過去大女優/歌手としての実績を持つモ・ファランだ。
しかし、母は過去の恋愛の過程で、子供だったファン・テギョンを捨て、ある作曲家に走る。
この作曲家が双子のコ・ミナム/コ・ミニョの父親で、後に双子を生むことになる交際中だった新人歌手に送った曲がこの「どうしよう」だった。
しかし、よりを戻そうと再び近づいたモ・ファランに金の力で曲を奪われてしまう。
母は双子を生むとすぐ死んでしまい、父も後を追うようにこの世を去る。
双子は叔母に預けられた後、施設で親を知らずに育てられることになるのだ。
モファランは(勝手に思い込んでいる)この思い出の曲で芸能界復活を果たそうと、自身の子供であるファン・テギョンに時代にあったアレンジを依頼する。
最期まで混乱と疑惑を生んだ曰く付きの曲。
最終回ファン・テギョンが去ろうとするコ・ミニョを探しだし引き留めようとする。
コンサート会場で最初に歌う曲。

4.Good bye
ファン・テギョン歌
14話ラストで母親が自分をしてた原因になった作曲家の子供がコ・ミナムだったと知ったテギョンが決定的な別れの言葉をコ・ミナムに投げかける際BGMで流れる曲。
ただし、SBSの本放送と韓国版ディレクターズカットにのみ収録される。日本版はフジのTV放送もDVDもBlu-rayにも未収録。3.のオットカジョに差し替えられた。

5.Lovely Day(アコースティックバージョン)
Vol.1の4.のオケから電子楽器の音が一部消されたバージョン

6.どうしよう(インストルメンタルバージョン)

7.Good bye(インストルメンタルバージョン)

8.バカのための歌(インストルメンタルバージョン)

ついでのついでの覚え書き
ホン姉妹の次の作品「僕の彼女は九尾狐<クミホ>」では美大生役でユ・ヘイ(意地悪女)を演じたユイ(After Schoolの一員。)が、コ・ミニョ役でパク・シネが、ジェルミ役でイ・ホンギがそれぞれカメオ出演している。

Director's cut

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望めば叶うこともある。
昨夜遅く。手元に韓国土産のDVDBoxSetが・・・

「美男이시네요」

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ソウル市内ロッテホテルのはす向かいにあるBooks Libroで購入したという話だ。
つたない日本語の店員が英語が通じない店員に替わって、出してきたもので、Director's Cut
が欲しいと伝えたが、「これしかない」的な感じだったそうだ。

残念ながらといいながら渡されたが、日本版だと、DVD・Blu-rayともにPart1とPart2に分かれている。これが計8枚で1Boxの中身になっている。また日本版では当然別売りのファンミーティングや、メイキングの映像、OSTのMVなどが本編以外に2枚と言う形で加算され総計10枚組のBoxSetだった。もう、これだけで十分じゃないですか。

当然のことながら字幕に日本語はない。韓国語と英語の2パターンのみだが、日本語版はすでに2回通しで見ているので、英語字幕で十分。
もう一つ重要な問題はリージョンが3であるということ。
リージョンフリーのドライブは持っていない。そこでいろいろ考えて、デスクトップのMacProに搭載した2台目のDVDドライブのリージョンを2から3に変更した。
あと4回の変更で打ち止め。
とはいえ、このドライブはこの3年あまりで、数回しか使用していない。仮にリージョンコードの変更が打ち止めになったらそこで、ドライブを換装をすれば良いだけのこと。
DVDドライブのバルク品は2~3kなので、ソフトウェアレベルの寿命だと判断しよう。

とメディアをセットしたところ・・・
おぉ!

「美男이시네요 Director's Cut」

と表示されたではないか。
万歳!
これで、差し替え問題の不満はおおよそクリア出来る。

っと早速14話を出して早送り・・・
おぉ、グンちゃんの「Good bye」が劇中使用されているではないか!
ジェルミの「すてきな言葉」も聞ける。
こんな上手くない歌で感動できるなんて、なんて幸せ。

ははは、1話からゆっくり見直していこうっと。^−^

やばい

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かつてここまでドラマにのめり込んだことはない。
ERにはまったとき(今でもだが)でさえ、ここまで心躍ることはなかった。
なんだこりゃ。
まいったなぁ。
時限式抑制解除器でも仕掛けられているのではないか。
あ〜、浸っていたいくらいだ。
パク・シネ(シンへ)の「LovelyDay」も「言葉もなく」もチャン・グンソクとのデュオの「相変わらず」も延々リピートし続けている。
コ・ミナムのポスターが欲しいもん。^−^;

と萌えつつ、冷静に分析してたりもする。
まず、ホン姉妹による脚本の良さ。
メイキングを見ると、チャン・グンソクsiiは頻繁に解釈や展開の提案を行っていたと証言している。

実はこのドラマの呼び水として、TVで放送していた「僕の彼女はクミホ」が面白かった。
ところどころしか観ていないのだが、非常にテンポ良く、しっかりしたラブコメディだった。

このドラマも、脚本がホン姉妹で、これはわしづかみの予感が・・・と思った覚えがある。
このドラマは「美男(イケメン)ですね」2009の直後の作品となるようだ。カメオ出演でパクシネが出ていたようだ。

このネタは、実は別に扱おうとしていたのだが、
うしおととらの白面の者といい、NARUTOといい、九尾狐(クミホ)といい、夏目友人帳のにゃんこ先生といい、あ、にゃんこ先生はネコか?いやしかし、あやかしの姿に戻ったときは明らかに狐だぞ。あれはネコか??まいいや、このところ、夢中になって読んだり見たりした印象に残る作品の主要なネタとして、九尾の狐を扱う物が多いなぁと漠然と感じていたのだった。

時代は狐か。

あ、そういう話ではなかったのだ。
きになるのは、ホン姉妹の脚本だ。
ホン・ジョンウンとホン・ミランの姉妹。

2005-2006 マイガール
2006 ファンタスティック・カップル
2008 快刀ホン・ギルトン
2009 美男<イケメン>ですね
2010 僕の彼女は九尾狐<クミホ>

全部観たい・・・

Bessie SmithやRobert Johnsonなど、いわゆるBluesから派生してのちにJazzへ向かうころのボーカルは大好きだ。
いずれも輸入盤のコロンビアコンプリートを持っていたが、外箱がカビだらけになってしまい、両方とも泣く泣く処分した。(箱だけだが。)

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The Quintessential Billie Holiday
1933年コロンビアレコードのプロデューサージョンハモンド(John Hammond)によって見いだされた、不出生の歌手ビリーホリディ(Billie Holiday)
伝えられる44年の生涯において最も輝いていた時期。ジョンハモンドによってマネージメントされていた時期を含むコロンビアに残る'33〜'42の記録。
それが、1987年頃から刊行された9枚、「The Quintessential Billie Holiday」だ。

Vol.1 1933 - 1935 16曲  
Vol.2 1936 16曲
Vol.3 1936 - 1937 16曲
Vol.4 1937 16曲
Vol.5 1937 - 1938 18曲
Vol.6 1938 18曲
Vol.7 1938 - 1939 17曲
Vol.8 1939 - 1940 18曲
Vol.9 1940 - 1942 18曲

全153曲 約7時間32分に及ぶ、ビリーホリディ春〜夏の時代の記録。

playing for change

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音楽や芸術の教育を通じて世界を積極的に変えていこう!
という団体 Playing for Change が、開発した小型屋外スタジオレコーディングシステムを持ち出し、世界中のストリートミュージシャンを中心にしたセッションを提供し続けている。
Charがご機嫌なフレージングを聞かせてくれる、大和証券のCFのあれである。

有名なミュージシャンも参加している。日本からはCharや東儀秀樹などが出ているのTV画面からわかるが、ほかに三味線奏者の上妻宏光も参加している。YouTubeをみたらU2のBonoもいた。

http://www.playingforchange.com
http://playingforchange.org

先月31日には2nd アルバムも登場している。
なんかいいよね。こういう笑顔になるような社会貢献って。

先日、TV「ソロモン流」に取り上げられていた賢人「上原ひろみ」は、ソロパートが始まるやいなや、共演していたクラシック演奏者達を全員笑顔にしていた。
音楽的に高度な知識と実力を持つヨーロッパの歴史的なホールオーケストラの面々を、だ。

上原ひろみ本人も言っていたが、子供の頃に見た観客の笑顔が見たくて、演奏し続けているという。そして、この言葉を体現するパフォーマンス。
同じ魂がPlaying for Changeのどのパフォーマンスにも封じ込められているのを感じた。

驚きのリユニオン

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Jazzレーベルの老舗BlueNoteはニューヨークが拠点だった。
創始者であるアルフレッド・ライオンが元気な時期は彼の美意識でレコードが製作された。
その後Jazzの衰退と共に、クロスオーバーが台頭し、のちにフュージョンと呼ばれるようになると、66年アルフレッドによるBlueNoteレーベルの売却により、レーベルのブランド名としてリバティーの傘下に入ったBlueNoteが一人歩きを始める。さらにはキャピタル→EMIへ
このうちの1つが、カリフォルニアBlueNoteだ。フュージョンのメッカになったこのレーベルから出たミュージシャンで今も名を連ねている人は多いが、なかでもアール・クルーとマリーナ・ショウは別格だろう。

今日ポストに入っていた広告はがきにミッドタウンのBillboard Tokyoのものがあった。
Billboard Tokyoは2007年夏にスティーリーダンによるこけら落としで、鳴り物入りでオープンした。確かBLUENOTE大阪と経営母体が一緒ではなかったか。
実はこの、スティーリーダンのこけら落としの直後に、アールクルーの一夜限りの公演があった。そうして、あみすはほぼ一週間のうちで二回も同じ場所で、至高の時を堪能したのだった。

はがきを見ると、6月20日〜26日までマリーナ・ショウが出演するとある。しかも、バックメンバーがチャック・レイニー、デビッド・T・ウォーカー、ラリー・ナッシュ、ハービー・メイソンと来た。
これはまさに名盤「Who Is This Bitch, Anyway」の再来ではないか!
よくよく見れば、ホントに小さく書いてある。リユニオン・ツアーだと。
う〜む、聞きたいなぁ。これ。

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Marlena Shaw「Who Is This Bitch, Anyway」

このアルバムは、足音、ドアのベルが鳴って入店、そしてバーで軽そうなオヤジに口説かれるマリーナ本人のトークというところから始まる。結局オヤジは透かされるのだが、この辺りの掛け合いも楽しく、そのまま曲に突入していくのだ。
これをパクったと思われるのが、平井堅のKen's Barだ。
このマリーナの元祖アルバムのほうは、レコードからCDに栄枯盛衰し、第2次Jazzブームが去り、またフュージョン系がはやるまでの10数年間、幻のアルバムと呼ばれ、長らく入手が困難だった。あみすはかなりムリして、ブツブツ交換して手に入れた覚えがある。
CD全盛になり、Jazz復刻が巡ってきて、このアルバムもCDで再販された。
これも手に入れた。
つまり、ご機嫌なヘビーローテーションということだ。

ついでに備忘録
9月にジョージ・デューク、マーカスミラーとサンボーンという往年の大スターの組み合わせがある。7月頭から予約開始だ。

MacBook Proの使い道

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古いMacBook ProにMacOSX 10.6 を再インストールした。
さらに、Logic Studioを入れ直す。
このマシンはDTM(Desk Top Music)専用にするつもり。
あ、最近はDAW(Digital Audio Workstation)っていうんだね。

以前から口にしていたとおり、1台のパソコンで何でもできる・・・は何もできないと同義だ。
仕事用のマシンにLogic Studioをインストールしていても、間違えてクリックしたとき以外にLogicを起動することはなかった。Logic 8からのユーザーだったが持っているだけだった。

この数年の間にMIDIキーボードやオーディオI/Oを少しずつ揃え、環境だけは整っていったが、いかんせん作業時間がない。と言い訳しつつそのうちそのうちとずるずる過ぎていった。

もともとDTM歴は長かった。
最初のシンセはRoland System100シリーズのシンセサイザー部(101)だった。
これは今でも実家にある。


rolandsystem100.jpg
シンセサイザーの101
エクスパンダーの102
4チャンネルミキサーの103
シーケンサーの104
ツインのスピーカー109

この組み合わせで、アナログシンセサイザーによるDTMシステムが構成できるのが
Roland System 100シリーズだった。
同時期にモジュール形式のSystem100-Mというシステムも提供されたが、こちらはプロ仕様だった。

しかし手に入れられたのは、シンセサイザー部の101のみ。
高校入学のお祝いをつぎ込んで手に入れた。
あのころ、フルシステムが銀座の十字屋に展示してあって、何度も見に行ったものだった。

もちろん、単体のアナログシンセでは1音しか出力できない。
今のように和音が出せるなど、夢のまた夢だったのだ。
(エクスパンダーとパッチで結ぶ必要があった。)

画期的だったのが、YAMAHA DX7だ。
デジタルシンセで和音もOK。
はじめのリリースの際にはまだMIDI規格が整っていなかったので、未搭載だったが、
のちにMIDI対応になってこれを世界中に広める立役者となった。

長らく使用していたのがPC98シリーズ用のDOSソフト kuwatecのTool de Musicだ。
これはソフトのバージョンアップとともに、ハードもリリースして、機能拡張がすばらしかった。パワーのあるDTMソフトだった。
このソフトで自分のサックスの練習用カラオケを作ったものだった。

世の中はまだGSやGMといった音源規格が乱立するまえの世界だ。
これらの音源規格で音源モジュールが多量にリリースされ、機材代が捻出できずに互換性が確保出来なくなっていった。
仕事も忙しくなり、自然消滅的にDTMから遠ざかった。
指の怪我で楽器も触らなくなった。

でも、いまだに燻っているこの思いはなんだ。

Week Point

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この1週間ではじめてプチ遠出
ミッドタウンでゴメン

森香るハイボールって
サントリーの白州のハイボール中心 木陰のバー

来週いっぱいやっているって
天気良ければ最高のロケーションなんだけど

WBNega004023.jpg
Nega004023 今年のソメイヨシノ見納めころ とある国立大正面にて

ガレリア1Fにクラチカがあった 前からあったっけ?
って、ここ 大江戸線使うのにB1F通り過ぎるだけだったから・・・
かくいうB1FもはじめてPho食べてMUJIに入店
居心地の良いソファに腰を下ろすと、ガラス越しに我が母校
あれ? まじMUJIの家具 ポイント高いなぁ

ロバータかあさん

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高校時代、友人の母君が、ロバータフラックに似ている。
と、誰か別の友人が言い出した。
それいらい、その友人の母君はロバータ母さんと呼ばれ、ロバータフラックもまた、仲間内ではロバータ母さんと呼ばれるようになった。
昨年の、wowow主催のミラクルオブミュージックのライブの話は以前書いたとおり。

今しがた、iPadにつないだクローズドなヘッドホンからRoberta Flackの「Let's Stay Together」が流れ出した。

何でもない日常の中で、不意にこみ上げる嗚咽。涙。

こういう音楽をミラクルというのだろう。
すでに(いや、とっくの昔に)グランマにふさわしい年齢なロバータ母さんも
長生きして欲しいな。
もっともっと奇跡を追い続けたい。

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Roberta Flack「Roberta」 1994年の傑作

そういえば、昨年のライブの際、会場に
「ねぇ、ダニー・ハザウェイって知ってる?」
と、「あたしの古い戦友なのよ」的なノリで問いかけたが、
反応がほとんどなしだった。

哀しいことだが、会場のほとんどは平井堅狙いだったろうから、わからなくもない。
ダニハザとのコラボは2作残っているが、どちらも傑作だ。
ついでにいえば、この2人の間には艶っぽい話もあったと記憶する。
しかし、ダニハザは既婚で、子供もいた。
レイラ・ハザウェイだ。
かつて一世を風靡した、ライブ・アンダー・ザ・スカイで、彼女が豪快に日本デビューを果たしたとき、同じ会場にあみすもいた。

ダニハザは当時のブラック・ミュージシャンの中では突出して高学歴のインテリアーティストだった。ライブ盤も有名だが、バックにはのちにStaffで活躍したコーネル・デュプリ(g)などがいた。

かつてはスタジオ録音された音楽が好みだったが、糧としての音楽を捨てたころから猛烈にライブ盤が好みになった。

あみすが中3のころ、ダニハザは33歳で自殺した。
同年夏、ミニー・リパートンが31歳で亡くなった。乳癌から転移した癌だった。
約2年後、ジョン・レノンがファンを自称する男に銃殺された。
約2年後、カレン・カーペンターが心臓発作で亡くなった。拒食症が要因のひとつだった。

「音楽の奇跡」は総じてリスナー側に訪れ、
クリエーター側には何ももたらさない事も多い。
いや、逆にヒットしたことが原因で、幸せでなくなっていく事例も。


友人の母君も今や鬼籍に入り、我が母も。
昨年もう一人の友人の母君も長い闘病に終止符を打った。

泣ける要素はそこら中に落ちている。
ひとしきり感傷に浸ったら、顔を上げよう。
そうして我々は生きていく。

青フィル

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昨日は、いそがしい日だった。
期せずして逆ソートで紹介する。

2つめのイベント。
大田区民ホール アプリコ
超豪華なホールだ。駅から近いし最高の立地。

青山フィルハーモニック管弦楽団の26回目の定期演奏会。
総勢80名以上。圧巻のステージ。

DSCN0191.jpg
N0191 開演前の静寂 


DSCN0193.jpg
N0193 ビリビリと伝達する緊張感 さぁ、チューニングしよ!


DSCN0190.jpg
N0190 開演前の大行列

13時15分到着でこの有様。開場30分開演2時だった。
なにより、高校生の皆さんの誘導の完璧さに脱帽。
すばらしかった。

自分たちが学生の頃を思い出していた。
こんなに気を配れたかな?
こんなに真摯に音楽と向き合えてたかな?

これから1年間君たちの時代だ!。
がんばれ!!

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