児玉龍彦著
「内部被曝の真実」幻冬舎新書
エレナ・ウラジーミロヴナ・フィラトワ著
「ゴーズトタウン チェルノブイリを走る」集英社新書
エレナはガイガーカウンターを持ってKAWASAKIのNINJAに跨がる。
彼女の疾走するサーキットはチェルノブイリ周辺のゴーストタウン。
彼女は誰もいない道を走るのが大好きだ。
前を走る車が巻き上げた土埃を呼吸したくないからだ。
行く先々に住民が避難した後に残ったゴーストタウンが姿を現す。
アスファルト上は実は放射線量が少ないという。
土地に染み込まずに風や雨で洗い流されたからだそうだ。
かわりに、道の隙間に咲く雑草の上は放射線量が多い。
これを淡々と写真に収めガイガーカウンターで放射線量を測定する。
残念なことに、記載された放射線量の値は単位がまちまちで
一読しただけでは数値の大小が把握しづらい。
どの廃墟も同じように玄関周りから植物だらけになっていく。
かつてそこに生活していた人々の衣服、靴底などに種などが付着して、
これらが玄関周りに集まる結果になったのではあるまいか。
そしてこれを除草する主人の不在。
かつてのようにひとが住めるようになるのに600年〜900年はかかると言われているそうだ。
辞職した農水大臣が言った言葉は間違っていないし、むしろ正しいと思う。
被曝した土地に人は住めない。
野放しになった動物だけが息づき、植物だけが繁茂する。
これをゴーストタウンという以外、どう表現すれば良いのか。
5〜6ヶ月後か25年後かの違いはあっても、
その現実を考えれば、チェルノブイリ周辺と福島第一原発周辺に何ら違いはない。
なんといっても福島第一から外部に放出された放射性物質の量は、
熱量に換算して「広島原爆」の29.6個分、ウラン換算で20個分だというのだ。
これは児玉教授が7月27日に衆議院厚生労働委員会で発表したデータである。
児玉龍彦教授は東大医学部を出て、MIT研究員を経て、システム生物医学を専門とする東大先端科学技術研究センター教授であり、現在東大アイソトープ総合センター長を併任している。
放射線を放出する物質を敢えて体内に送り込み、放射線による癌治療を行うための研究をしている。そのため、放射線による内部被曝により、何が起こり、これをどう防ぐかという研究が最大の課題だとして、現在に於いても週一ペースで東北に出向いて、除染活動を行い続けているひとだ。
この専門家が衆議院の委員会に招集され、涙ながらに怒りを顕わにして、説明したのが、7月27日。この様子はYouTubeにもアップされ累計100万回以上再生されているという。
この委員会での児玉教授の発言が全文収録されているのが、「内部被曝の真実」である。
この本は四部構成になっており、
第一部が国会内での全発言、質疑応答。
第二部が「疑問と批判に答える」
第三部がチェルノブイリから学ぶ甲状腺癌
第四部がセシウム137による内部被曝チェルノブイリ膀胱炎
最後に国会に行った理由
が書かれている。
ここに挙げられた数値や事実をどう考えるか。
ミスチルの曲ではないが、
安全安心を合い言葉のように使っている政治家や官僚、東電の重役達に、
そこまでいうなら福島の原発10Km圏内で生活してみろと
誰かが言わないかな、と心待ちにしている自分がいる。
電力系企業からの莫大な広告収入を当て込んでいる民放各局は、
同じ電力系企業から膨大な研究費を資金援助されている、
専門家と称する研究者や評論家を招いては、番組内で安全安心を訴え続けた。
しかし5月過ぎ辺りから深夜のNHKスペシャルなどで知った恐怖の事実は、
福島第一で爆発事故が起こった当日の夜9時ころ、TVで枝野官房長官が安心安全を声高に主張しつつ、経産省が要請して茨城県の観光バス業者に200台以上の緊急避難用のバスの手配が行われていたということ。翌日の朝6時にはバスは現地で待機していたという。
ホットスポットが点在しているにも関わらず、本格的な線量測定に二の足を踏み、髙数値が測定された箇所はその名前を伏せるという国の姿勢。
米軍から20台の個人線量計を入手したにも関わらず、英文のマニュアルが読めなかったために低性能の測定器1台きりで対応せざるを得なかった南相馬市。
国はなぜ地方自治体に高性能の線量計を手配し配らないのか、教授は訴える。
汚染された稲わらの話にしても、役所の通達を農民一人一人がすぐ読めるわけがないだろうともいう。
また、教授は常磐道を早く全面開通させよ、と訴える。
アスファルト上の汚染の度合いは低く、除染が楽だからだそうだ。
これで物流が復活すれば、除染も復興も加速していく。
しかし、国は6ヶ月を経過してもまだ法案法案、予算予算と、
法律と金勘定のことしか頭にない。
建前と本音。
京都のぶぶ漬けを面倒に思う我々には、
もはや想像も及ばないほどの陰謀と悪意が、この国にはある。
自分たちで身を守らない限り、誰もあなたを、わたしを、守ってはくれない。
このことだけは日を追う毎にはっきりと見えてきた。