ローテンブルク
巨大な城壁に囲まれた、時間を止めた都市。
聖ヤコブ教会、旧市街、ブルク公園(クリスマスマーケット)
忘れられないトマトスープ。
そして、前日の昼食より数倍おいしかった白ビール。
この街での体験はたとえ年を重ねても忘却の彼方に仕舞い込みたくない。
薄ら寒い雨は、聖ヤコブ教会に至る道すがらみぞれから雪に変わった。
協会内にカメラ禁止の張り紙があり、添乗員さんにあみすが質問したのは、
そこをちょうど通りかかったときだった。
2階にあがり、目の前にドンとおかれた祭壇は、
ロンギヌスの槍により突き殺されたキリストの聖血を三滴保存したとされる聖なるモノで、
見る者を圧倒する何かを持っていた。
心にしっかり刻み込もうと誓った瞬間、なにかが心のドアをノックした。
中学の修学旅行。
写真部の部長として、修学旅行の撮影係に任命され、数日間の奈良京都の旅行中で、
約800枚の撮影を行ったのだった。オヤジのレンジファインダーで。
現像代は8000円にのぼり、オフクロはカンカンに怒りまくった。
その写真から数十枚が中学の卒業アルバムに収録された。
そういえば、あのころからパノラマ写真が好きだったのかも知れない。
そして、あみすの中の修学旅行の記憶は、ファインダー越しのモノになったのだ。
何一つ肉眼で見ていない。
何一つ記憶に残っていない。
とても残念な修学旅行となった。
そして、その記憶が、あみすを永らく写真から遠ざけてきたのだった。
そして「眼」を開いた。
しっかりと見て、心に焼き付けた。
いろいろな角度からみて、頭の中で立体化して反芻した。
立ち位置が変わることで、輝きを替えるステンドグラスに吸い込まれた。
素晴らしい体験だった。
あみすはキリスト教徒ではない。
けれど、幼少期にはクリスマスのたびに六本木三河台にある、
フランシスカンチャペルセンターカトリック教会の子供会で、
クリスマス会に参加し、
ミサに参加し、
賛美歌を唱ったものだった。
のちのちオフクロに聞いた話では、余り感心しなかったということだったが、
それではなぜ参加させられたのか。
今となっては謎となってしまった。
しかし、この体験は、あみすに宗教を意識させるには十分な何かをもたらしたようだ。
オヤジは昔よく言っていた。
「やつらは最後には神の御心で逃げちまう」
「これが東洋人にはまったく理解できない。」と。
確かに、タルコフスキーの「サクリファイス」でも、
グレアムグリーンの「The End of the Affair」でも、
「Brother Son Sister Moon」でも、
神への贖罪、聞き入れられた願いへの対価としての献身・自己犠牲が描かれており、
この本心を真から理解することが我々日本人に可能かどうかと常日頃から疑問視してきたものだった。
第一、多神教や偶像崇拝を古い野蛮な宗教と決めつけ、一神教を信仰の対象とするものを近代宗教と位置づけたりするキリスト教信者が、対価を求められるような願いの叶えられ方しかしないようなインチキ臭い話を美徳とみること自体、極めて身勝手な自己中なモノの考え方だと思うし、今だにアメリカの大部分の片田舎の福音主義者がダーウィンの「進化論」を信じず、高校で進化論について教えたり議論することに反対しているという実体。ミスアメリカ選抜の各州のミス代表たちの何人かが、進化論を信じるか否かの議論をあえて避けているという事実や、その理由が実際に本人が進化論を否定ある立場を取る場合と、特定の宗派の信者たちからの反感を買うことを恐れている場合があると聞かされたときにはあまりの恐怖で震撼したモノだった。
さて、そんなこともあり、学生時代に一般的な宗教論や構造主義的な宗教解体論に違和感を覚えたりしたのも、この辺りのバックボーンが起因しているのであろう。
聖血の祭壇を敬う人々とあみすの立つ位置が、世界のちょうど対極にいる端っこ同士のような気がして、ものすごく不安?というか、不信?というか、ざわざわしたものだった。
ヴィース巡礼教会
この夜、フュッセンの宿に到着した。
宿の1Fにはスーパーがあり、破格の値段でワインが買える。地ビールが買える。
ユーロになって、物価が高いとか、危機とかいわれるが、
少なくとも日常の生活用品食品に関しては物品税の税率は低く、物価は安い。
安すぎるくらいだ。
例えば、330程度の瓶入り地ビール1本が80円程度だ。
日本で購入すると、350ml位で4000円するアイスワインは600円。
ありえん。日本の酒税の不愉快さにはときどきウンザリさせられる。
この日は繁華街も歩けたし、飛び込みで入った雑貨屋でいろいろ買い物も出来た。
Treff Luitpoldpark Hotel
Fuitpoldstrasse 1,87629 Fuessen, Germany