ETV特集 ネットワークでつくる放射能汚染地図

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昨夜10時から放送されたNHKの番組。
見始めてすぐ引き込まれた。
鳥肌が立つ。

この震災と原発事故によりダッシュ村が存在することが明らかになった浪江町を含む福島原発周辺の放射能汚染の度合いを汚染地図にまとめるため丹念に測定していく放射能汚染に関する研究者達。

元放射線医学総合研究所研究員、現北大医学部非常勤講師の木村真三氏やチェルノブイリなどでも世界的に高い評価を受けた元理化学研究所の岡野眞治氏、京大、広島大、長崎大などの放射線測定、放射線医学を専門とする科学者達のネットワークにより事故発表直後から現地に入って、丹念なサンプリングを行い続けた2ヶ月間の記録である。

とくに、さまざまなサンプリングや解析の途中で彼ら専門家によるつぶやきが、
TV画面を越えて鳥肌を立たせるものになった。

「この数値はチェルノブイリをはるかに越えている。」

複数のまったく異なる地域の大学で、それぞれの専門家が分析結果を見ながら、それぞれが同じことをつぶやく驚異。

気候や環境によって、土壌汚染がまだらにすすむ汚染度合いが高い部分をホットスポットと呼ぶ。政府文科省によるサンプリングで、ホットスポットとして認識されていたにも関わらず、サンプリング地点の匿名化という形でホームページ上でのみの表示、正式な地域の自治体への公表など発表が成されなかった。

地元の人々はより安心を求めて、非公式の避難場所である地元の公民館に避難した。非公式であるが故、そこには支援物資は一切届かなかった。
ところが、この避難場所は彼らの自宅より、遙かに高い値の放射能で汚染されていたのだ。
浪江町赤宇木。風評被害を恐れての匿名発表という言い訳。

明らかにこの状態を把握しながら放置し続ける国、東電。

餌が配達されないため50年かけてやっと3万羽にまで増やした鶏を泣く泣く餓死させた養鶏業者。苗床の苗を廃棄するため苦渋に満ちた顔でむしり取り続ける農家の人々。
彼らの言葉が胸に響く。
「外をごらんよ。キレイな風景さ。朝いつものように美しいこの風景におそろしい危険物質が降り注いでいるなんて、誰も想像できんさ。」
彼らの懐かしい安心安全なふるさとは、しかしもう無い。

先週はさまざまな媒体で、原発の発電コストが実に1/5程度に間引かれたインチキな値だったことが暴露された。

50%カットしてもまだ平均3600万が役員報酬として支給される東電、腐りきった管理体制。
河野太郎議員が自ら反省し提言していた、巨額の利権に群がるだけだった自民党を中心とした政治家たち。

NHKもよくこの番組を放送したものだ。
民放はどうだ。
東電を含む電力系企業からの広告費で動いているメディアは同じように動けるのか。
TV、新聞各社の大手メディアの正社員は社の規則により、原発から半径40km以内の立ち入りを禁止されていると伝えられている。それより内側で取材するのは、すべて外注の取材班。中には住民にカメラを預け、代わりに撮影を依頼し、40km外の場所までカメラを返しに来させたTV局もあるという。

この国はなんでこんなに歪んでしまったのだろう。
いろいろ考えずにはいられない。

福島原発事故は、周辺地域に未曾有(みぞう)の放射能災害を引き起こした。時間経過とともに拡大する避難エリア。住民たちが自分たちの村や町に、いつになったら帰れるのか、その展望は全く見えない。いま住民たちが求めているのは、被曝(ひばく)による人体影響と、今後の土壌汚染への対策を、客観的かつ冷静に考えてゆくための基礎となるデータ・放射能汚染地図である。

ETV特集では1954年のビキニ事件以来、放射線観測の第一線に立ち続けてきた元理化学研究所の岡野眞治博士の全面的な協力のもと、元放射線医学研究所の研究官・木村真三博士、京都大学、広島大学、長崎大学の放射線観測、放射線医学を専門とする科学者達のネットワークと連係し、震災の3日後から放射能の測定を始め汚染地図を作成してきた。観測チームは、周辺地域の土壌、植物、空気中の粒子を採取し放射線量を計測する一方、岡野博士が開発した計測機を自動車に搭載して、福島県内の道路2000キロを走破した。この計測器はビデオで撮った現場映像とともにGPS情報、放射線量、放射性核種のスペクトルを、同時記録してゆくことができる世界唯一の機器であり、チェルノブイリ事故での計測により国際的な評価を得ている。

一方、文部科学省や福島県、IAEA、アメリカエネルギー省も、独自に汚染の計測を進めており、その結果が公表され始めている。これらのデータと、独自収集データをつきあわせることで、原発周辺地域のきめ細かい土壌汚染のマッピングが可能になる。

番組は、放射能汚染地図を作成してゆくプロセスを追いながら、原発災害から避難する人々、故郷に残る人々、それぞれの混乱と苦悩をみつめた2か月の記録である。

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このページは、あみすが2011年5月16日 07:31に書いたブログ記事です。

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