I know that it's right.

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しかし、そのやり方に問題はなかったのか?
違うアプローチの仕方もあったのではないか?
いつも自問自答している。

仕事柄、人と接する機会は多い。
彼らの何人かは驚くほど無知でかつ驚くほどに自信過剰だ。
そしてそんな彼らが数を追って増加している。

自分的には自身の無知さ加減を再認識する機会は数多くあるし、
自信を持って(いるように見せて)いる事項は極めて少ない。
今までこなしてきた事がルーティン化すればするほど、不安は募る。
イレギュラーな出来事にどう対処すべきか、対処法は正しかったか。

だから彼らの、裏付けのない満ちあふれる自信が不思議でたまらないのだ。

I thought what I'd do was, I'd pretend I was one of those deaf-mutes
(from The Catcher in the Rye J.D.Salinger) ※注

, or should I?
(from GHOST IN THE SHELL Stand Alone Complex)

 彼らがそう考えているのか、そう実践しているのかと考えていた。

しかし、どうもちがうんだなぁ。

それで思い当たったのが、
「知らないことを知らないということは、まさに知らないということだ」った。
(by 劉暁波)
KYなんていってるけど、場の空気の問題じゃすまないことがある。
真実・正義・真理どれも言葉で定義するのは簡単だけれど、人としての根っこの部分で意地でも曲げられないっていうのはあるんだ。

それでももし曲げちゃったら?
たぶん、"自分"は雲散霧消してしまうだろうな。
"自分"を失ったら、それはただのゾンビだ。
生きていたくなくなるかもしれない。いや、生きていられなくなるかも。

この春、自分の中にある真理?魂?ゴースト?胸の奥に秘めたるその大事な結晶を信じて新しいことにチャレンジする事にした。

玉砕するか、結実するか。
やってみなけりゃわからない。

I shouldn't be alive unless it was for a reason.
I just finally know what I have to do.
And I know in my heart that it's right.
(by Tony Stark from "Iron Man")

人生はたった1回しかない。

※注
ぼくは耳と目を閉じ口をつぐんだ人間になろうと考えた(by 攻殻)
僕は自分が聾唖者達の一人のように振る舞うことにしようと考えたんだ。(直訳)
でもこれって、こうも訳せる。
ぼくは、自分が無関心を装って目を逸らす連中の一人のように振る舞おうかと考えたんだ。

deaf-mutesは耳の不自由なヒトの慣用句だが、そのもともとの意味から察することは必ずしも的外れじゃあないだろう。deafに耳を貸そうとしない・無頓着などの意があるし、mutesは障害などでしゃべれない意味の他に、意図的なニュアンスが入ってくるけどsound of silenceと同様に無言とか沈黙の意もある。

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このページは、あみすが2011年2月23日 11:47に書いたブログ記事です。

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