今年もあと少しで暮れる。
今年一年お世話になった方々、この場をお借りして厚く御礼申し上げます。
今年一年の目標として掲げた、「世界に幸せを」は無残に水泡に帰す、
といっても良いだろう。
もともとこの目標は、自分が幸せの中にある=周りも幸せの中にある、ということで「世界中が幸せになりますように。」と願ったところから始まったのだが、この一年の世界を見る限り、幸せと正反対を向いている出来事があまりに多かった。
特に、日本とその周辺で起こった数多くの出来事は、戦後日本が歩んできたその道のりが、ある意味あまりに多くの他国の犠牲のもと成り立っていたということ。
その歩み方が今まさに我が身に跳ね返ってきたという、いわば因果応報といえる結果なのだろうということ。
日本国内だけ観ていると、われわれはあまりに平和な国で安穏に生活していける。
しかし、海外はいまだ未知の世界だ。
全く異なる文化、言語、宗教。
その中で日本がどう介入し、どう対応し、どう搾取していったか。
しっかりとした、真実の歴史を理解していく必要があろう。
国にあてがわれた教育とは別の、本当の意味での学習・勉強。
ここに1つ大事なことがある。
われわれは「ヒト」を相手にしていた。
そして、これからも「ヒト」を相手にし続けるということだ。
しかし、もしかすると「ひと」はこの基本をいとも簡単に忘れてしまうのかも知れない。
「自分」「己」「我」をどう表現するか。
日本でのように押さえ込んでしまうと、海外では通じない。
海外にいるように日本で我を通すと「クレーマー」と呼ばれ異常者扱いされてしまう。
これが、日本人が今陥っているジレンマだろう。
与えられた本に、どうすれば良かったか書いてあったか?
どこかに対処の仕方を教えてくれる講座はあったか?
ひとりひとり性格が異なるのだから、それぞれ対応策は変わるはずだ。
それが出来るような勉強をしているだろうか。
それが出来るような経験を積んでいるだろうか。
若者はもっと海外に目を向けるべきだし、もっと日本を知るべきだ。
そうした経験の中、新たに日本の進むべき道を模索できるのではないか。
「自分」でいて、「個」であり、「集団」の一部たり得ること。
「集団」の一部でも「個」であり「自分」であり続けること。
そういった鍛錬の中で「こころ」が作られていくのではないか。
「こころ」をもって他者と接する。
今年起こった数多くの事柄は本来起こるはずのないイレギュラーな出来事だったのだ、といえるような「ヒト」で「国」が形成されれば本当の意味の「平和」が訪れるのだ。と思う。
とにもかくにも、まずはがんばれ!「自分」。
はたと気づく。
今年の目標に「ヒト」は介在していたのだろうか?
う〜ん、どうだろう。
自分ではしっかり意識していたつもりでも、常に実践できていたか?
これを、あと1時間ほどで訪れる新年の抱負としよう。
新年もよろしくお願いいたします。

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