昨夜、iPhone4からブログ記事のアップを試みる・・・
むむ、タイトルしか更新できぬ。
Movable Typeを3→4と順当に更新してきたためか、妙な動きがよく起こる。
サーバ構築演習では既に5を扱い始めて久しいのに、
当サーバにはなかなか適用できずにいる。
てな話は置いといて・・・
現在 ホーチミンは朝の6時 くもり。
酷暑の東京からくると、東南アジアの蒸し暑さもなんのその。
(8時55分追記 6時20分に断続的に停電。ホテルのネットが遮断され、
かなりの記事がアップできず。保存もできずに終了。T0T)
(さらに追記。こういった場合、失った文章はほとんど復元できず。一期一会)
このブログ記事は元々朝4時から書き始めた。もう5時間経っている。
ことあるごとにネットで調べながら書くためだ。
あみすはホーチミンのスペルさえ知らない。ましてや、この都市があのサイゴンだったなんて来るまで知らなかった。ていうか、再発見的なのだが。
1978年公開の映画"ディアハンター"は中学の時に観た。たしか、今は無き渋谷パンテオンだったと思う。ジョン・ウィリアムス(映画音楽の巨匠とは同名異人)のギターがテーマの、それはそれは哀しい映画だった。
同郷の親友がともにベトナムに出兵し、主人公は帰国。その後、精神的にダメージを受けた親友の安否を風の便りで知り、陥落直後(?直前かも・・・)のサイゴンに救出に来るも、最後のぎりぎりのところで賭けロシアンルーレットに興じる(必死ですがっているようだった)親友を・・・(気になったら映画見てね。^^;)
象徴的なシーンだった。
その後も、あの戦争の悲惨さはメディアを通して何度も味わってきたが、ここ最近、沖縄の普天間問題でも、かなり近いところで体験することが多くなり、いろいろ本を読んだりしていた。といっても直接的な「戦争体験記」ではない。
それは例えば、
灰谷健次郎+石川文洋「アジアを歩く」
石川文洋「カメラマン人生」
「てくてくカメラ紀行」
などの灰谷氏や石川氏の文章にさりげなくでてくる、優しさや哀しさの裏側を司る本質を形作った体験などで、特に石川氏は帰国後の生き方からして、従軍カメラマンとしてベトナム戦争の最前線(のちょっと後ろや横)で体感した経験からかなりのダメージを負われ、未だその呪縛と戦い続けていることが感じられる文章。
しかしなによりも、人生を全うしようと生き続けている人々の苦労と努力がはかなげでけなげなのに、美しく力強いと感じるのは不遜だろうか?老いだろうか?

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