NIZANは一時期毎日のように通った店。
ポール・ニザンやボリス・ヴィアンといった名を知るきっかけになった店だった。
昔はネットでちょっと検索・・・なんて無かったから、
大きめの書店の外国文学の棚あたりで情報を集めまくったものだ。
あれだけ通っていたのに、ちょっと疎遠になっている間に再開発で姿を消した。
その後10年ほど経て、偶然麻布十番の近くに同名の店を発見。
電話番号を調べ、問い合わせた。
同じ店だった。移転していたのだ。
こんど寄らせてもらいますと言い残し、電話を切る。
そして、何度か周囲の人々とのすれ違いから
訪れるチャンスを逃し続け、ついに閉店してしまったのだ。
厳密にいうと、やっとおとずれたその日、
閉まった店の入り口に閉店の張り紙を見たのだった。
ショック、そして2度目の喪失感。
六本木ヒルズの再開発が始まる直前のことだった。
こうして、あみすの経堂の系譜が完全に途絶えたのだ。
経堂NIZANより数年前からはまっていた店。
それが神保町アダイヴだった。
神保町を根城にしていたあみすは
行き直した大学の2年のときに、
常連としてかよっていたアダイヴで働き始めた。
その後アダイブ漬けだった3年間に
コーヒー豆の卸元だったこの店にも通い始めたのだった。
だから、もう30年来の付き合い。
といっても、この店はその昔地下にあった。
ディキシーしか流さない、頑固な若いオーナーの店。
なのに話を聞くと、なんともふわふわとたゆたうような印象の人だった。
その後、いろいろあって、店は残り、元オーナーは若くして亡くなった。
でもオーナーの心は、確実に八王子のイタミコーヒーに、
現ロースターの長谷川の焙煎に、引き継がれている。
移転してもう20年くらい経つであろうか。
今は銀座の目抜き通りの1階に堂々と居を構える老舗。
カウンターの止まり木に腰を下ろすと、
店のあちこちに及川さんの存在を感じられる。
あのころは、まさか、相次いで2人の後輩が
この店のロースターになるとは想像もできなかった。
あなたが一番おくれてるじゃない
かずぴが隣で静かにそうつぶやいた。
清水靖晃 北京の秋
バッハ無伴奏チェロ以前の傑作

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